夜の旅、その他の旅

持ってるレコードとか日常とか。

1983の秋に

冷たい透明な空気をつんざくHawk2の排気音。
彼は約束を守る男だ。
だけどまさかホントに来てくれるなんて。
チャイムに答えてドアを開けると、茶色の皮ジャンを着て色の白い苦労してなさそうな顔をして彼が立っていた。
なんて言ったかは覚えていないけど、その時の私は本当に多分世界で一番幸せだった。

夏の間大好きだった彼がバイクの免許を取りに行ってると知って、本当にこれで最後にするから一度だけ私をのせてどこかに連れて行ってと頼んでいたのだ。
一応日付けと時間は約束していたけど絶対に来てくれるはずはないと思っていた。
それでも西日が射す誰もいない家でThe Bandを聴きながらひたすら私は待っていた。
彼が来てくれる方に何か自分の大切なものを賭けて。

「本当に時間がないんだ」と彼は言った。
「言い訳じゃなくって本当に。だから30分くらいなら付き合えるけどどこに行く?」
本当は天国と答えたかったけど「国分寺」と答えた。
家からは10分もかからない場所。
19才の私と20才の彼は酒屋で赤ワインの小瓶を買って国分寺の駅近くの小さな公園でしばらく話した。
どーでもいいような、それでいて私にとってはかけがえのない彼の近況、そして最近の、そして遠い未来の色々な話。
明日から何ヶ月かという近い未来の話は、二人ともわざとしなかった。
彼は私に会いたくないから。
私は彼に会いたくないと言われるのが怖かったから。

30分が過ぎ一時間がすぎてもまだ帰ろうかというこの世で一番怖い言葉を言われずに済んだので調子に乗った私は「おなかすいた」と言ってみた。
どこか遠くの死んでしまうくらいたくさん食べられる場所に連れて行ってくれるかも知れないと半ば期待しながら。

彼は優しい人だったので「そこらへんでパンでも買え!」などとはいわず国分寺の可愛い店の並んだ一角の可愛い店で何か暖かいものを食べさせてくれた。自分はコーヒーを一杯だけ飲んで。

何でも知ってる大人のような顔で
なにもかももうどうしようもないんだという顔で
私の熱なんかすぐに冷めるだろうという顔で
まるでこんなことは夢だったとあとで思い出すのを予言しているような顔で

悲しいんだか、うれしいんだか
迷惑なんだか責任を感じてるんだか
わからないように
表情の読みとれない顔で

もう会えないんだよ と言った。

帰りは彼の背中でなんとか泣かないように努力しながら
いかにホークがダサいバイクで
できるだけ早く
かっこいいSRに乗り換えたいかという
彼の話をきいていた。

80年代のある秋の話。